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民団新西支部のブログ

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「手を合わせずにはいられませんでした・・・」

支部の定期大会やら敬老会、忘年会には必ず参加している団員さんがいます。

その方が支部に来るときは当然のことですが、人々が集まってにぎやかなときだけです。

そして、婦人会の方が用意した手料理と一緒に食事をする時が多いわけです。

数日前、その団員さんを含む3人の方を車に乗せて他の用事を済ませた後、帰りに

トックを買いたいということで事務所に寄ることにしました。

その方、事務所でトックを買ってから「ちょっとトイレに行ってきます。」と

トイレのある隣の部屋に。

トイレから帰ってきて、「私、行事じゃないとき来たのは初めてだから、事務所の台所を

まともに見たのも初めてだったの。婦人会の人たちはこんなに狭いところで一生懸命

ご馳走を作っていたのね。」

「そうですね。確かに狭い台所ですけど、テキパキ動いて料理を作りますよ。」

すると、その団員さん。「私、台所に向かって手を合わせずにはいられなかった。」

 一瞬、心がふわっと温かくなった。「そう思っていただいて本当にありがたいです。」 



 私が一人で聞きましたが、婦人会の方々に是非聞かせてあげたかった言葉でした。





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  1. 2012/12/10(月) 15:29:37|
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おばあちゃんの人生話 (父の愛に包まれて 1)

 私は五人姉妹の長女で生まれて、5歳の時に日本に渡ってきてから福井県の田舎で暮らしました。10歳の時、父が仕事中に事故で亡くなりました。

 父の死後、一家の生計を背負って生活前線に出た母の代わりに、私が妹たちの世話をしながら母の帰りを待つ生活になりました。母が商売で遠出すると、何日も帰って来ない日もありました。父が亡くなったとき、いちばん下の妹は6ヶ月の赤ちゃんでした。母が家を空けると、その赤ん坊の食べものを自分で作って食べさせるしかなかったです。工夫の末にご飯を炊く時、お米を入れた釜の真ん中に茶碗を深く座らせてごはんの炊き汁が入るようにしては、その汁に塩を少し入れてスプーンで飲ませました。

 寒い冬の日、母はいつ帰って来るか分からないのに、家の中に食べるものも、部屋を暖める薪もありませんでした。お腹が空いて泣いていた妹たちが、泣き疲れて冷たい部屋に敷いてある薄い布団の上で眠りにおちていきました。ずっと背中におんぶしていた赤ん坊がやっと寝たと思って布団の上に下ろすと、冷たさの故に目を覚ましては泣きます。仕方なく、またおんぶする、おろすと泣く、ということを繰り返した末に下ろすのを諦めて、赤ん坊を背中に負ぶったままうとうとしているうちに夜が開けることもありました。

 その後、家計を助けるために工場で働きました。寒い冬、深い雪の中をろくな防寒着もないまま骨の中まで凍るような寒さをこらえながら工場に通いました。ついに体調を崩して半年近く寝床について死に瀕していましたが、辛くも一命を取り留めました。


  1. 2009/08/25(火) 14:51:38|
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